2016年 05月 04日

「数と音楽」補足2 連続5度について

 西洋中世ではオクターブと5度4度が協和音で、3度6度は不協和音とされていました。その頃は連続5度4度は当たり前のサウンドでした。
  《参考CD「ゴシック期の音楽」デイビッド・マンロウ 》
http://www.amazon.co.jp/ゴシック期の音楽-マンロウ-デイビッド/dp/B000065E6R

 3度を主要な協和音とする和音の使い方は、15世紀にイギリスからジョン・ダンスタブル(1390〜1453)により大陸に伝えられたと言われています。
 その後、ルネサンスからバロック初期にかけて、機能和声法が確立されていきました。3度音により和音の特性が決まる近代和声法が始まったのです。
 音大教育では、4声体の連続8度の禁則は、そのときだけ2声がユニゾンとなって全体が3声となりエネルギーが変わってしまうからだと習いました。連続5度もそれに準ずるということです。確かに連続8度5度があると、そこだけ流れが途切れるような「あれっ?」という感じがします。でもアンサンブルの中でユニゾンは普通にある訳で、つまり連続8度は使い方によって許されると言うことになります。しかし連続5度はどのような場合でも否定されます。このより強い拒否反応は、連続5度から中世的なバーバリズムが想起されるからなのです。西洋近代は中世のバーバリズムを忌み嫌いました。中世の後進性を忘却したかったのです(その頃は中東地域が先進国だった)。20世紀のハードロックの空虚5度サウンドは、西洋近代へのアンチであり、バーバリズムへの回帰であるとも言えます。

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# by sakagooch | 2016-05-04 00:49 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
2016年 05月 03日

「数と音楽」補足1

 身体が受ける感覚(五感)は、ほとんど対数で感じています。たとえば光の強さでも、2倍3倍4倍・・・と感じる明るさは、実際の光量では2乗3乗4乗・・・の物理量なのです。音では、音高も音圧も対数で感じています。音高は1オクターブ上がるごとに音の振動数が2倍になります。2オクターブ上は2倍の2倍つまり4倍、3オクターブ上は2の3乗倍で8倍となります。つまりnオクターブ上がれば2のn乗倍になるということです。1オクターブの中の12半音階の中の1段(つまり半音)も2の1/12乗(12回掛けると2になる数)で表せます。これが平均律なのですが、これは対数で感じるという人間の感覚の理にかなっているのです。脳は無理数の物理量を対数を使い整数に変換している訳です。
 しかし和音は、振動数が単純な整数比のときに完全協和します。つまり、メロディーと和音の音律感は決定的に矛盾するのです。純正律では主要和音は純正できれいですが、メロディー的には大全音小全音があるように、相当不自然になってしまいます。でも平均律では和音が濁ります。様々な調律法は、その間の差し引きのさじ加減を調整することにより、矛盾を目立たないよう工夫しているのです。そして、そのさじ加減こそがまさに音楽的な作業なのです。
 和音のない音楽や、5度4度和音までの音楽では、ピタゴラス音律でもあまり矛盾は感じませんでした。しかし、西洋ルネサンス以降の和声音楽では、メロディーと和音の音律矛盾が大問題となったのです。しかしまた、この矛盾こそが和声を進行させる原動力ともなりました。実際の音楽は一つの音律で定常的に完結するものではないのです。すぐれた歌手や演奏家はこの矛盾の間を感覚的に行き来します。だからこそ、音楽は数を根源に持ちつつも、極めて人間的な営みなのです。

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# by sakagooch | 2016-05-03 10:27 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 17日

安保法案について

 安保法案が衆院で強行採決された。これだけの反対にもかかわらず、会期を延長してまで今国会で強引に成立させようとしている。アベ政権にとっては、すでにアメリカと約束してしまっているので、なんとしてでも成立させる決意らしい。アベ政権はアメリカの要求に150%も200%も、あるいはそれ以上も答えることによって、これだけ貢ぐのだから、アジアの中での戦前の日本の地位を復活させることをお許しくださいと、お願いしたのだろう。しかしアメリカはそう簡単にサンフランシスコ条約の変更を認めることはない。自民党とそれを支える右派勢力はこれからも、アメリカの意向を忖度し、貢げるだけ貢ぎ、その代わり東アジアで日本が威張るのだけは目を瞑ってもらいたいと願っている。彼らのアメリカに対する本音はこういうことだろう。「条約を変えろとは申しません。しかしアジアでの敗戦国という地位だけは消していただきたいのです。明文変更じゃなくてけっこうです。こっそり見て見ぬふりをしていただければ十分です。」と、、、。
 そのために解釈改憲と安保法案を変えて世界のどこでも戦争のできる国にする。相手より強い国になれば、相手は恐れをなして攻めて来ない。これはまさに戦争の論理であり、それがウソであることは歴史が証明している。
 アベは戦後を終わらせると言う。戦後が終われば戦前になり、次は戦中が待っている。
第一次と第二次大戦の間、ドイツのワイマール憲法は極めて民主主義的な憲法だった。だがその下、左翼と右翼が大闘争をし、戦後賠償などもあり社会が疲弊する間に、ナチが台頭しこっそりと憲法を無効にした。
戦後日本の右派勢力はそれに学び、しかももっと慎重に、ナチが10年かけてやったことを40~50かけて密かに進めてきた。先の自民党の下野のとき、それを利用して党から穏健派を追い出し、極右の党に作り変えた。民主党への反感キャンペーンをマスコミを使って大々的に行い、人々の政治不信を増長させ、投票率を下げることで自民党の大勝へと導いた。そして今、実質的に憲法を無効にして、戦争のできる「普通の国」にしようとしている。彼らを支えているのは一握りの極右やネトウヨばかりではない。無関心こそ彼らの好き放題を許しているのだ。
 若手の政治学者白井聡氏はこう言っている《「ドイツと日本の最大の違いは、ドイツは2つの世界大戦で2度負けたが、日本は1度しか負けていないことです。日本は戦後、民主国家の道を歩んだとか言っているが、ワイマール憲法も民主主義的な憲法でした。その中でナチスが台頭したわけで、日本は長い戦間期を生きているような気がします。ドイツの哲学者ヘーゲルは「重要なことは2度経験しないと本当には理解できない」と言っています。不謹慎に聞こえるかもしれませんが、再度悲劇が起きなければダメなのかもしれません。》
 そうならないことを願いたいものだ。

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# by sakagooch | 2015-07-17 12:54 | 社会 | Trackback | Comments(0)
2015年 07月 01日

「戦間期」の思想家たち

〜書評〜

『「戦間期」の思想家たち~レヴィ=ストロース・ブルトン・バタイユ』
桜井哲夫【著】 平凡社新書 (2004/3/18 出版)¥861

 本書は、社会学者桜井哲夫氏の「二十世紀精神史」と呼ぶ三部作の第2作にあたる。第1作は『戦争の世紀〜第一次世界大戦と精神の危機』(1999)、第3作は『占領下パリの思想家たち〜収容所と亡命の時代』(2007)となっている。著者はこの連作により、その研究の源点である20世紀前半の思想家たちと、ふたつの大戦の時代を丁寧に回顧する。
 第一次と第二次の二つの大戦にはさまれた時代のフランス、勃興する社会主義とファシズムの間で多くの若き革命家、思想家、芸術家たちが共同し、論争し、恋し、決別し、苦悩し、戦い、ある者は亡命し、ある者は命を失っていった。著者は20世紀に刻印されているフランスを中心とする思想家たちの模索の時代を、時代の流れの中で丹念に追いかけていく。1924年若き日のアンドレ・マルローがカンボジアの遺跡盗掘で逮捕されるところから話ははじまる。引き続きマルセル・モース、レヴィ=ストロース、ジャン=ポール・サルトル、ポール・ニザン、レオン・トロツキー、アンドレ・ブルトン、ジョルジュ・バタイユ、シモーヌ・ヴェイユ、シモーヌ・ド・ボーヴォワールなどなど、かつて社会思想に興味を持ったことのある人なら一度は読んだこと、聞いたことのある思想家たちが登場し、人間模様を交えて生々しく描かれる。まさに思想も芸術も戦争との関わりの中で生み出されていく様がよく分かる。これらの思想家の名前がピンとこない人でも、現代史の中の人間ドラマとして面白く読めるのではなだろうか。また現代思想の原点を知るという意味でも興味深い本である。
 本書は少し前の出版であるが、今日反知性の強権政治を再び取り戻そうとしている安倍政権を見ると、第二次大戦前の状況にかなり似てきている。だがひとつ違うのは、今日では優れた思想家や芸術家がなかなか生まれにくいということだ。 アカデミズムの衰退は世界的傾向でもある。 それにしても今日の日本人はあまりにも目先のことしか考えなくなってしまった。集団的自衛権や原発はその最たるものである。もっとも、目先のことしか考えられず誰も責任を取れなかったことで悲惨な結末を招いたのは先の大戦であった。尊大な立場主義を取りながらも、実は場当たり、ご都合主義が蔓延する日本人の男に多い悪い体質は戦前から続いている。
 そして今、安倍自民党政権とその取り巻きはまさに知性の対極にある。知性が滅びれば国も滅びる。そのことは先の敗戦で明らかだ。もう一度20世紀の思想を問い直すことは決して無意味ではない。

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# by sakagooch | 2015-07-01 22:47 | 書評 | Trackback | Comments(0)
2015年 06月 30日

童謡100年

 2018年は童謡100年だという。作家鈴木三重吉が創刊した童話と童謡の雑誌「赤い鳥」の創刊(1918年〈大正7年〉)から100年ということである。それまで「童謡」は「わらべうた」であった。それを「どうよう」という、子どもの心を表す芸術的な歌にしようとしたのが、「赤い鳥」に参加した北原白秋や西條八十らの詩人であり、成田為三らの作曲家であった。それまでの唱歌に対し、洋楽を受け入れながらも日本人の心の琴線に触れるような叙情を歌った「どうよう」は、その後長く日本の歌として親しまれるようになった。「どうよう」は子どもが歌うように作られているが、本当はおとなにとっての心のふるさとである「童心」を歌ったものである。今も歌い継がれている「かなりや」や「ゆりかごのうた」など本当に良くできている曲がたくさんある。この素朴ながらも新しく作られた叙情の感覚はその後日本人に深く浸透していき、無自覚な愛国と戦争へ通じる心情の底辺にもなった。だからといって数々名曲の価値が失われる訳ではないが、情緒的な心地の良さばかりに浸ると人間の心は鈍感になっていくということも忘れてはいけない。
 あらためて昔の「童謡」の意味を問い直し、また録音し直してみたいと思う今日この頃である。
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# by sakagooch | 2015-06-30 00:11 | 音楽 | Trackback | Comments(0)
2015年 01月 03日

新年おめでとうございます


今年はいろいろな意味で節目の年となりそうです。
私個人も、この日本社会も、本当の意味で大きく変わらなければならないと思っています。
一部の人だけがいばったり、いい思いをするのでなく、すべての人々みんなが笑顔をもてる、そんな世の中になることを願ってやみません。

〈朝の白富士。三鷹の跨線橋から〉
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〈夕方の燃える黒富士〉

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# by sakagooch | 2015-01-03 21:59 | 写真 | Trackback | Comments(0)
2014年 11月 11日

夕焼け雲

雲は不思議だ!
毎日自転車で通勤するたびにそう思う。
あと何年見ていられるのだろうかとも思う。
夕暮れ、JR三鷹車庫の跨線橋から武蔵境方面を臨む。
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# by sakagooch | 2014-11-11 17:47 | 写真 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 29日

おじのおじぞう

 故伯父宅には道に面して地蔵がある。伯父がどこかで気に入って買ってきたもので、まったく謂れはないのだが、いつのまにか近所の人や通りがかりの人が花を手向け、拝むようになった。そうして20年近くも経つと立派な路傍のお地蔵さんになった。不思議なものだ、人々の思いが乗り移るのかもしれない。
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# by sakagooch | 2014-09-29 21:42 | 写真 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 09日

スーパームーン

 昨日は中秋の名月だったが、残念ながら天気は良くなかった。だが本当の満月は今夜(9日)、しかもスーパームーンで、晴れ!
 スーパームーンとは、
「月の公転軌道は楕円のため地球と月の距離は変化している。中でも地球に最も近づいたとき(近地点)に満月または新月を迎えることをスーパームーンと呼ぶ。」だそうです。

 借りているニッコール300mmのオールドレンスで撮影トライ!
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# by sakagooch | 2014-09-09 22:43 | 写真 | Trackback | Comments(0)
2014年 09月 07日

「音楽と数学の交差」8刷!

2011年5月20日に初版の「音楽と数学の交差」。
本当は3月出版の予定でした。あの大震災で延期になりながら、それでもわずか2月遅れただけで世に出せました。紙もインクも不足していたあの時期、担当だったMさんの尽力には本当に頭が下がります。
わたしにとっても、もっとも長い構想と執筆の時間をかけた思い入れ深い本です。
おかげさまで、このたび8刷りとなりました。

かかわっていただいた何人もの編集者やスタッフはみな優秀で、良いチームとなり、うまい具合にそのエネルギーが結実できたのではないかと思っています。感謝です!
少しづつの重版ではありますが、長く読み続けられる本に育ってくれたことは本当に著者冥利に尽きます。

読者のみなさまと制作スタッフ、そして桜井先生に、あらためて御礼申し上げます。
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「音楽と数学の交差」

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# by sakagooch | 2014-09-07 11:06 | | Trackback | Comments(0)